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精霊、しょうりょう

柿本人麻呂
海苔の昔話・・・ 
海苔という食べ物は大昔から日本でよく食べられていた食材の一つ、飛鳥・奈良時代に柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)が、
向津(むこうづ)の奥の入江のささ浪に のりかく海士(あま)の袖は濡れつつ
と詠い、海苔についての名句を残している。
この時代の海苔は、みんなが食べることのできる庶民食でなく、位の高い人しか食べることのできない、超高級品だった
軽食品としての性質上、酒肴、茶請に最も適しており、海苔巻すしの流行は天明の頃から続いている。
海苔はとても趣深い食べ物である
 
 
和泉式部
日の本にはやらせ給ふいわし水
 まいらぬ人はあらじとぞ思ふ 
 
 *和泉式部(いずみしきぶ)平安中期の女流歌人。
イワシは大昔から大衆魚であり、この歌の背景である平安時代には、むしろ卑賤の食魚とされていた。イワシは卑(いや)しに通ずるから、というのが理由であった。
下等の魚だが、栄養豊富なことで認められていて、たまにはやんごとなき人たちの食膳にも上がった、才媛として名を高めていた和泉式部もイワシが大好物で、すすんで食べていた。これを見た者が驚き笑ったので、彼女は即座に掲出の物(もの)名(のな)折込歌を詠んで応酬した。
いわし水は石清水八幡宮をさす。双方の音通を秀句(洒落)仕立てで折句した
 
小野小町
 
美と恋
 
小町は、熊の手を食していた、熊の手が手に入らないときは、鯉を食した。鯉は魚のなかでも栄養価が高いといわれ、たんぱく質やコラーゲン、ビタミンが豊富。肌のうるおいや疲労回復など、多様な効用が期待できる
 
精霊
此岸と彼岸の並ぶとき
生きる食を思います
 

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